劣後債のコールが「来ない」とき何が起きるか|コールスキップの歴史と見分け方

劣後債のコールが「来ない」とき何が起きるか|コールスキップの歴史と見分け方 【上級者向け】社債の実務と分析

劣後債発行体が破綻したとき、弁済の順位が普通の債券より後回しになる債券です。その分だけ利回りが高く設定されます。 詳しく見る →の初回コール日(期限前償還満期より前に、発行体が債券を額面などで償還できる条項のことです。劣後債では「最初のコール日に償還するのが慣行」ですが、義務ではありません。 詳しく見る →日)における償還満期を迎えて、額面のお金が投資家に払い戻されることです。は、別稿で解説した通り、バーゼル規制上の資本算入ルール(B3T2銀行の自己資本規制で「補完的資本」に算入できる劣後債です。10年満期・5年後コール(10NC5)が典型で、実質破綻時には元本が毀損する条項が付いています。 詳しく見る →)や借換の経済合理性・市場からの信認(AT1銀行の劣後債よりさらに資本に近い永久債です。利払いは銀行の裁量で停止でき、経営危機時には元本が削減されます。2023年のクレディ・スイスでは実際に全損しました。 詳しく見る →)によって強く動機付けられており、「初回コール日に償還される」ことが市場の大前提となっています。しかし、これは契約上の約束ではありません。本稿では、その大前提が崩れた歴史的事例=「コールスキップ」を取り上げ、もしコールが来なかったら投資家に何が起きるのか、そしてスキップのリスクをどう見分けるのかを解説します。

【本稿の射程について】本稿で扱うのは、主に銀行が発行する劣後債(B3T2・AT1)のロジックです。同じ「劣後・コール付き」でも、保険会社はソルベンシー保険会社の「支払余力」を示す指標です。200%が監督上の基準で、大手は600%以上が普通です。保険劣後債を見るときの物差しになります。 詳しく見る →規制と格付R&IやJCRなどの第三者機関が、発行体の「約束どおり支払う力」を記号で評価したものです。AAAが最上位で、個人向け社債はA格前後が中心です。 詳しく見る →評価、事業会社(ソフトバンクグループのハイブリッド債債券と資本の中間の性質を持つ証券です。銀行は法規制、保険はソルベンシー、事業会社は格付け上の資本性と、発行の理屈がそれぞれ異なります。 詳しく見る →など)は格付会社の資本性評価のみと、コールを支える仕組みが異なります。ソフトバンクグループは個人向けにハイブリッド社債を継続発行しており、銀行劣後債の常識をそのまま当てはめると判断を誤ります。事業会社ハイブリッドの固有のロジックは別稿で詳しく解説しています。

コールスキップはどんな時に起こるのか

発行体債券を発行してお金を借りる企業・政府・機関のことです。債券投資は「発行体にお金を貸す」ことにあたります。が初回コール日に償還するのは、それが経済合理的だからです。ということは、経済合理性が逆転すれば、コールしない選択があり得ます。具体的には次のような状況です。

  • 借換コストの急騰:金融危機などでクレジット・スプレッド国債など基準となる金利への「上乗せ幅」のことです。発行体の信用リスクと流動性の対価で、社債の値段の本体といえます。 詳しく見る →が急拡大すると、「古い債券をコールして新しい劣後債を発行する」コストが、ステップアップ後の利率を支払い続けるコストを上回ることがあります
  • 市場の閉鎖:そもそも新発の劣後債を消化できる市場環境がなく、借り換え自体が困難な場合
  • 資本の毀損:発行体の自己資本に余裕がなく、償還によって資本が減ることを避けたい場合

歴史的事例:市場の「常識」が試された瞬間

ドイツ銀行(2008年12月)

リーマンショック直後の2008年12月、ドイツ銀行は劣後債(Lower Tier 2)の初回コール日での償還を見送ると発表しました。「大手行は必ずコールする」という市場の紳士協定を破ったこの決定は、劣後債市場全体に衝撃を与えました。注目すべきはその後で、同行は市場からの信認低下によりその後の資金調達コストの上昇という代償を払うことになりました。コールが「評判」によっても支えられていることを示す教科書的な事例です。

サンタンデール(2019年2月)

スペインの大手銀行サンタンデールは、AT1債の初回コールを見送りました。市場は当初身構えましたが、反応は2008年時と比べて限定的でした。「発行体はコールの是非をその時々の経済合理性で判断する」という理解が、機関投資家生命保険会社・銀行・年金基金など、大量の資金を運用するプロの投資家のことです。債券市場の売買の大部分を占めます。の間で既に定着していたためです。コールスキップ=発行体の経営危機、とは限らないことを示した事例と言えます。

クレディ・スイス(2023年3月)——コールスキップの先にある最悪形

コールスキップは「償還が先送りされる」リスクですが、AT1債にはその先があります。2023年3月、経営危機に陥ったクレディ・スイスがUBSに救済買収された際、スイス当局の決定により同行のAT1債・約170億ドル(約2.2兆円)は全額毀損=価値ゼロとなりました。衝撃だったのは、本来AT1債権者より弁済順位が低いはずの株主はUBS株式を受け取って一定の価値を回収したのに対し、AT1保有者は全てを失ったことです。「債権者は株主に優先する」という資本構成のヒエラルキーが、目論見書債券の発行条件やリスクを記載した法定の開示書類です。購入前に必ず交付されます。 詳しく見る →の条項と当局判断によって逆転した事例です。

この事例が教えるのは、AT1債のリスクは「コールが来ない」程度では済まない可能性がある、ということです。エクステンション・リスク(本稿のテーマ)と元本毀損リスク(AT1固有)は別物であり、後者の詳細はAT1債の解説記事で扱っています。個人向けに販売される国内のB3T2劣後債には、AT1型の元本削減条項は付いていないのが通常ですが、実質破綻時債務免除特約は付されており、「劣後債=ただの高利率社債」ではないことは共通です。

国内ではどうか

国内の主要金融グループが発行するバーゼルIII適格の劣後債(B3T2・AT1)については、初回コール日での償還が一貫して行われてきました(2026年9月時点・当サイト確認の範囲)。国内大手は資本の厚み・借換市場へのアクセス・レピュテーションのいずれの面でもコールを維持しやすい立場にあり、個人向けに販売されるメガバンク・大手信託系の劣後債で「実質年限=初回コールまで」と考える市場慣行には、相応の裏付けがあります。

スキップされたら投資家はどうなるか

  1. 償還されず、保有が延長される:多くの場合、以後の利率は変動金利(国債金利+スプレッド)やステップアップ後の利率に切り替わります。利息は受け取り続けられますが、元本の回収時期は次のコール日以降に先送りされます
  2. 時価が下落する:「実質5年債」として値付けされていたものが、突然より長い債券として再評価されます。これをエクステンション・リスク(期限延長リスク)と呼びます。途中売却を考えていた投資家には直接の損失になります
  3. 売却しづらくなる:スキップが起きるのは市場環境が悪い時なので、売ろうにも買い手が薄い、という二重苦になりがちです

スキップリスクを見分けるチェックポイント

  • 発行体の資本充足度:自己資本比率が規制水準に対して十分な余裕を持っているか。余裕のある発行体ほど「借り換えて償還する」選択を取りやすくなります
  • ステップアップ条項の有無と幅:コールしなかった場合の利率引き上げ幅が大きいほど、発行体のコール誘因は強くなります。目論見書で確認できます。ただしバーゼルIII適格の銀行劣後債(B3T2・AT1)には償還を促すステップアップは付けられないため、これは主に事業会社ハイブリッドや旧規制時代の債券のチェック項目です
  • 市場環境:クレジット市場が混乱している局面でコール日を迎える債券は、平時よりスキップ確率が上がります
  • 発行体の性格:継続的に劣後債市場で調達する大手発行体ほど、評判コストが大きいためスキップしにくくなります。逆に、市場調達への依存度が低い発行体は「経済合理性だけ」で判断する余地が大きくなります

まとめ:「実質5年」は約束ではなく、合理性と評判の均衡

個人向けに販売される国内大手のB3T2債を「実質5年の固定債」として扱う市場慣行は、規制の設計とこれまでの実績に裏付けられており、基本的には合理的です。ただしその前提は、契約上の義務ではなく、発行体の経済合理性とレピュテーションによって支えられた均衡です。金融危機時にはこの均衡が崩れ得ることを、ドイツ銀行の事例は示しています。劣後債の利率が普通社債より高いのは、劣後リスクだけでなく、このエクステンション・リスクの対価でもあります——そう理解した上で投資すれば、劣後債はより正確に値踏みできる商品になります。

関連記事:繰上償還(コール)はいつ起こるか——資本性から解く仕組み編劣後債の基本(初心者向け)AT1債とは何か / 実例:三井住友トラストグループ第25回劣後債(10NC5)

本稿は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の勧誘を目的としたものではありません。過去の事例は将来の結果を保証するものではありません。

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